有限会社 荒木細巾織物

2026.03.18
 #02

越前織協同組合の組合企業である有限会社 荒木細巾織物様のインタビューです。

実は100年の歴史があります

− それでは、まず会社の概要を少しお話しいただけますか?

荒木: 平成 2 年に法人化しました。それまでは個人事業主だったのですが私が入社した頃にちょうど法人化されました。

 

− あ、そうだったんですね。

荒木: その前は 4 年間ほどサラリーマンをしていたんです。それで 4 年目の終わりぐらいにこの会社に入ったら、同時に法人化したっていう流れですね。

 

− それで個人事業主時代はいつぐらいから始まったんですか?

荒木: かなり前からです。うちの祖父の時代は広幅の反物をやってました。その後、細幅の織りネームに変わってきたんです。全体で言うと、もう 100 年くらいになってますね。

 

− 100 年ですか。すごい歴史がある。

荒木: そうなんです。昔は丸岡だけで 500 軒、600 軒もあったんですよ。農閑期の副業として始まったところが多くてね。冬場に農業ができない時期の仕事として。

 

− それで今は何軒くらい残ってるんですか?

荒木: 今は 30 軒ちょっとですね。時代の変化で大変になってきたわけです。

丸岡が産地化したワケ

− 丸岡がこんなに集中してるのは、何か理由があるんですか?

荒木:そうですね。最初、絹の糸を使ってたんですが、絹は湿度がないと織れないんです。乾燥したところだと糸がすぐ切れてしまう。

 

− あ、そういう特性があるんですね。

荒木:そうなんです。だから湿度が必要で、北陸は冬でも湿度があるから、この地域に織物関係が集まってきたんです。当時は空調なんてなかったからね。この地理的な環境が大きかったんですよ。

 

− なるほど。環境が整ってたから産地になったと。

荒木:そうです。それにみんな分業されてるんです。糸屋さんは糸屋さんで、染め屋さんは染め屋さんで、織り屋さんは織り屋さんで。全部が完全に分業されてる。だからこの地域に集まってるわけです。

− 分業の仕組みがあるから、さらに産地として成立するんですね。

荒木:そうですね。最初は色の基準とか統一されてなかったんですが、組合が基準色を作ることで、ようやく各工場が協力できるようになったんです。

現在の課題と将来への想い

− これからの会社の方向性について聞かせていただけますか?

荒木: うーん、跡取りがもういないのが実情です。他の工場さんも同じ状況の所が多い。

 

− そうなんですね。

荒木: 私としては、できる範囲でこの工場を続けていきたいし、この産地で織物をやっていけたらと思ってます。将来的には、うちの設備をほかの工場さんに使ってもらえたらいいなと。そんなことを考えてますね。

 

− なるほど。産地全体を支えるような形で。

荒木: そうですね。街中に工場を建てられるところはもうほぼないんです。だから既存の施設をうまく活かせたらいいなと思ってます。古い建物も残ってますしね。

 

− 本当に珍しい建物がまだあるんですね。

荒木: そうです。歴史の証人でもあるし、産地にとって大事な財産だと思ってます。

 

− ありがとうございました。

INDEX

一覧に戻る